ボクのアイドル。やっぱり三人一緒がいい。高校時代のメアドにHi-standardって入れてました。
http://tower.jp/nomusicnolife/2011/08
いやー、ハイスタについては正直たくさん書くことある、から書こう。
ハイスタに出会ったきっかけは、当時中1の19(ジュークと読む、念の為。)を聴きまくってたボクに、兄貴がジャンルは違うけど、こいつらもかっこいいよ、って教えてくれて聴き始めたのが最初の出会いだった。そのすぐ後、Air Jam2000のビデオを兄貴が買ってきた。その映像が衝撃的で、何度も繰り返してハイスタのライブシーンを観たし、胸のドキドキがなかなか止まらなかったし、Air Jam2000に出ているかっこいいバンドを掘りまくった(Master Low, The mad capsule markets, Back Drop Bomb, Husking Bee, BRAHMAN, etc..)。
Love is the battle fieldが発売され、その直後(当時中3)、ハイスタの活動が停止していることを、兄貴から知らされた。当時のボクはインターネットという情報網がなかったから、何が起きたか、知る由もなかった。当時の友達にも聴かせたけど、イマイチ反応が薄くて、共有できる友達が周りにいなかった気がする。
高校時代は、Master Low, The mad capsule markets, Back Drop Bomb, Husking Bee, BRAHMANなどの新譜はしっかり買ってたし、BBQ chickensのCDもすべてコレクトしていた。それ以外にはGreen dayやRANCID、SUM41とかUSのバンドもよく聴いてたかな。
高校2年、部活をサボって女のケツをおっかけていた時代に、ken yokoyamaの1st、The Cost Of My Freedom
社会人になってすぐの頃に、ken yokoyamaの2nd、Nothin' But Sausage
正直、21、2歳くらいまでは、本当にハイスタみたいになりたかったし、自分の仕事と、自分のやりたい事のギャップが凄くて、かなり荒れたし、悩んだ時期もあった。
それからしばらくして、難波章浩がTYUNK名義で活動しだし、ULTRA BRAiNの1st、NEO PUNK
この頃はまだよくダンスミュージックとかよく知らなかったし、クラブに行ったことすらなかった。確かその年のLONDON NIGHTクリスマスでULTRA BRAiNが出演するのを見つけて、伊達と一緒にロンナイに初めて行ったのが、ボクにとっての初めてのライブであり、クラブでもあった。
その1、2年後にエレクトロミュージックのビックウェーブにのまれ、Daft PunkやJustisを当たり前の様に聴く様になって、Dex pistolsやShinichi Osawa、Kitsuneが地元のクラブに来る時は、必ず夜の街に繰り出して、クラブカルチャーに馴染んで行く様になった。
話はそれたけど、今となっては難波章浩、Ken yokoyama、常岡章(一度だけDogday Afternoonのリリースパーティーで、彼のDjを観たことがある)、彼ら個人の活動は気にしなくなってしまったけど、ULTRA BRAiNとKen yokoyamaの1st&2ndは今でも大好きな作品だし、ULTRA BRAiNには、またいつか活動して欲しい。本当にULTRA BRAiNのアルバムはポジティブで、ハッピーなパワーを感じるアルバムだ。このBlogも大好きで、毎日チェックしてた。
自分でもBandでLiveやDjをする様になった時、ハイスタを聞き返した時がある。やっぱりこの3人の音楽は特別なものがある。ボクはハイスタを生で観たことがないし、これからチャンスがあるかは分からない。それに、もうあの時のハイスタでないかもしれないけど、やっぱり1度でいいから生で観たいな。アメリカ&カナダツアーとかないかな?ないか。
最近は一枚のアルバムを擦り切れるほど、聴く様なことはなくなってしまったけど、Hi-STANDARDの音楽はきっと一生、ボクの頭から忘れ去られることはないだろう。


おいー!いいね!
ReplyDelete元気しとるかー??
僕の高校生はゴイステとブランキー!
あのとき僕らに行動力があって、ライブとか
がんがん行ってたら多少、違った人生だったかも
知んないね。今は今でサイコーなんだけどさ!
うーん、GOODなBLOG!イイネ!
おいー!ほんとにそーだなー、もっと共有して、いろいろ行動してもよかったのにな。
ReplyDeleteま、その後悔みたいなものが、多少は今のボクらの行動力の原動力になってるのかも!?なんてポジティブ思考!
けど、あれだ!お前はまだカナダに来てないから、失格!w